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2009年10月12日 (月)

『やえもん』観てきました(超絶長文)

貝澤ファンとしては、見逃すわけにはいかない「とびだす!3D東映アニメまつり」。
本日、観てまいりました。
朝一番の回を観たのですが・・・

お客は、自分一人!(o△o)|||
・・・これじゃ確かに、公開2週目で上映回数が半分になっちゃうわけだ(泣)
それなりに大きいスクリーンでやってるのも、単に3D上映システムというインフラ的な理由で、映画館としてはおそらく、一番小さいスクリーンに移したいのではないか? とかアレげなことを思ってしまったり(^^;;

実験的な要素もあるとは言え、東映アニメ的には結構、鳴り物入りで仕掛けた感もある「アニメまつり」だと思うのですが、下手したら次は当分無いカモ??((((;゜Д゜)))

と、まぁ切ないお話はこれくらいにしまして、メインディッシュの『やえもん』のインプレをば・・・

今回の『やえもん』は、原作とも74年に東映まんがまつりで上映された『D51の大冒険』とも違う、文字通り新解釈と言っても過言ではないアレンジが施された、実質オリジナルのストーリーです。

東京駅の片隅に留置されている古ぼけたSLのやえもん。もはや動くこともできず、その機関庫を住処にするねずみの兄妹・マウとスーと彼らのなかまたちに、自分の昔話を聞かせる日々を過ごしていた。また、ねずみたちは天敵の悪辣なメス猫・サマに襲われたときの逃げ場所としてもやえもんを頼りにしており、慕ってもいた。そんな時、やえもんがついにスクラップにされるという話を聞いたマウやスーたちは、なんとかもう一度やえもんを走らせてあげようと考える。その話はサマの耳にも入り、やえもんを目の上のたんこぶと憎む彼女は、やはりやえもんを毛嫌いしているディーゼル機関車のディムをけしかけて、予定より先にやえもんをスクラップにしてしまおうとする。果たして、やえもんはもう一度走ることができるのか?

やえもんと同様に活躍するのがマウとスー兄妹ら、ねずみたちなのですが、ぬいぐるみ風のモデリングに日本のアニメならではの擬人化した演技に基づくアニメートなので、ピクサーに代表される外国CGアニメのような、人間のリアルな動作や表情をコンバートしたかのようなくどさはまったくありません。
また、原作の挿絵に登場する車両が、実在する列車をモチーフにしていると言われているのに合わせてか、本作に登場する電車たちもクレーン車両以外は、現用の車両をモデルにしており、多少とも鉄分のある人ならば、すぐに元デザインが分かるものとなっています。
やえもんをはじめとした車両たちの“人間的”な表情や芝居についても、ギニョールっぽさは極力排した、ある意味で2-D的な動作となっているのも特徴です。

クレジットでは「キャラクターボード、宮原直樹」となっているので、おそらくキャラデザインは宮原氏が担当しているのではないかと思われます・・・実は『ファンファンファーマシィー』繋がりのコンビだったってコトですねヽ(´ー`)ノ

(ここからは、ネタバレ注意!)
さて、原作にせよ、それを大幅にアレンジした『D51の大冒険』にせよ、やえもんは現役を引退し、博物館で余生を過ごすというラストは同じなわけです。
原作が書かれた時期は、電化と複線化が鉄道の近代化として大いに叫ばれていた時代であり、それを反映して、またそうしたSL全廃間際に作られた『D51の大冒険』はある種の挽歌としてのテーマも込めて、スクラップを免れたやえもんには引退&博物館行きのラストを迎えます。

ところが、今回の『やえもん』のラストはスクラップを免れるだけでなく、マウやスーたちと一緒に宛てのない気ままな旅に出る“自由への逃亡”という形で幕を閉じます。

ラスト改変の是非はともかく(個人的にはこの改変は、大変気に入っているのですが)、これは原作当時と現代のシニア世代のライフスタイルのあり方の違いをそのまま反映しているような気がします。

それは、やえもんに与えられているパーソナリティにも大きく影響しています。
特に原作でのやえもんは、根は悪い人ではないものの、短気で妙に自尊心だけは高い偏屈な老人というニュアンスで描かれているのですが、今回のやえもんは、自尊心は高く現役復帰の自信は口にするけれども、自分の状態(動態保存されていない)はわきまえており、周囲からバカにされても強く言い返せない気弱さが目立つ老人となっています。

そんな老人が、慕ってくれる仲のよい子供たちに後押しされて、勇気やパワーをもらって第二の人生を踏み出すという話になっている次第。

発想としては、博物館で余生を過ごすことが本当に幸せなのか? という逆説的なところから来ているような気がします。・・・博物館は所詮、かごの鳥であり見せ物小屋ですから、そこに尊厳はないだろうというロジックが働いているのでは? と。

今回の『やえもん』では、燃料確保がストーリー中盤〜後半の柱になっているので、人によってはラストの持っていき方(燃料が尽きれば終わりにも関わらず、当てなく走り去るラスト)に疑問を呈している方もいるようですが、仮にそうなったとしても、それは尊厳死を選んだということだと、自分は思うわけです。

また解釈の仕方として、そうなる前にマウやスーたちが石炭集めに奔走するであろうことも、想像に難くないですし。
この辺は、奇しくも今回の『やえもん』が『走れ!ケー100』の1話と結果的に似たような筋書きになっていることもあって、自分としては何かと旅先でケー100の燃料を腐心する主人公の青年・モン太さんと、石炭確保に奔走するマウやスーたちが、どこかオーバーラップする部分があるからかも知れません。

いずれにせよ、今回の『やえもん』のラストは非常に現代的で、清々しい思いのするものがありました。

と、テーマ的には満点を挙げたい『やえもん』なのですが、作劇面としては前半に少々パンチが足りない感じは否めません。
・・・同時上映の他のプログラムがすべてアトラクション用ムービーとして作られた、早い話が「スターツアーズ」ものなので、基本的に最初から最後までハイテンションな映像であるというだけでなく、それら3本の上映後に『やえもん』がトリを務める構成になっている点が、逆にハンデになってしまっている感じも、ちょっとありますが・・・。

なんというか、予告で観たときの印象に比べて、どことなく探り探り演出している雰囲気が漂っているのですね〜。
貝澤さんらしいレイアウトやカメラワークなどは随所にあるのですが、案外と「2-Dでやっている演出がどこまで3-Dにして効果が得られるのか?」みたいな、“迷い”というほどではないのですが、いわゆる「キレがない」感じも、したりしなかったり(苦笑)。

前半のねずみたちとやえもん、天敵のサマの関係性を見せるシーンが特にそういうもっさりした印象を受けました。
ここで、サマからマウやスーたちをやえもんが守るのに、なけなしの石炭を使って軽く活躍するといった、よりアクティブな展開であればグッと締まった感じになったのでは? とも思うのです。そうすれば、ねずみたちがやえもんのために石炭を確保する動機付けもより際立つわけですから。

ただ、この前半を取り返すかのように、クライマックスでやえもんがディムと激しいチェイス&バトルを派手に繰り広げるのを観て、苛烈なアクションに関して、キッチリとカット数ではなく呎数でリミットがあったのではないか? という気もします。

エンドロールでの多数のCGスタジオの参加──レンダリングのためだけにプロダクションI.G.が参加していたりする!──を鑑みるに、制作期間の短さ(おそらくCGのアニメート部分でも最大で4ヶ月前後なのではないかと?)とある種の突貫作業が伺えて、そうなると当然、コンポジットやレンダリングが複雑になるシークエンスに割ける時間の上限が厳然と決まってくるわけで・・・。
殊に『やえもん』の場合は、やえもん自身が感情を持ったキャラクターなので、ビークル的に動かすだけでなく、いちいち表情やボディランゲージ的な感情芝居を付けてやらねばならず、モデリング的にも負担がかかる可能性すらあります。
実際、前半はやえもんはほとんど動かず、顔部分のアップショットが多かったように思います。

そういう意味からの、やむない妥協かも知れないですが>もっさり感。

と、ちょっと辛口なコトを書きましたが、今も書いたとおりクライマックスの派手なアクションで、そうした不完全燃焼感は一気に解消されますし、全編で都合2回組み込まれているやえもんが涙を流すシーンでの、彼の涙の雫が、スーパースローで落ちてミルククラウンを形成するシークエンスなどは(アニメの演出手法そのものとしては良くあるものですが)、3-Dであるが故に非常にインパクトのある綺麗な演出になっていたりもします。

また、弱気になっているやえもんを励ますために、マウとスーたちが昔のやえもんの活躍写真を色々と持ち出すシーンも凄く感動的! 
冷静に考えると超展開に属する部類の演出だとは思うのですが、定番的に回想演出にするよりも、額にはまった写真を、画面奥までいっぱいのねずみたちが、次々に持ち上げてゆくという流れは、立体映像という視覚効果に見事にマッチしていました。

で、かなり意外だったのが、やえもんが解体されることが知らされる雨のシーン。
貝澤さんにしては珍しく、雨=鬱シーンの定石に則っていて「おや?」と思ったのですが(それでも、傘を差して駅員がやえもんの機関庫にやって来るカットは、いかにも貝澤さんらしい水たまりの鏡面レイアウトになっている!)、クライマックスでスーと協力者であるカラスのカー助以下、カラス軍団が石炭をやえもんのために空中から投下するシーンとの、一種の対比になっているんですね。
・・・つまり石炭の雨が、やえもんの釜に火を付けて力を与えるという、火と水の対比になっているのではないかと。
ここで、ねずみの誰かに「石炭の雨だ!」と言わせてくれたら、なおハッキリしたのではないかしらん(自分の深読みしすぎかも知れないですけどねwwww)。

冒頭の、在りし日の颯爽と走るやえもんのカットと、ラストで海沿いをどこまでも疾走してゆくやえもんのカットも、しっかりと合わせてあって、この辺りの抜かりない美しさも貝澤さんらしいトコロ♪

・・・と、ナンダカンダでトータルとしては、見応えのある作品にはなっておりますデスヽ(´ー`)ノ

ちなみに、最大のウリである立体視覚効果ですが、『やえもん』に関して言えば“飛び出す”感や“迫ってくる”感はかなり少ないです。
狙いはそこではなく、各所のインタビューで貝澤さんも言われているとおり、奥行き感に最大の注意が払われている感じがしました。
なので、貝澤さんが得意としている窓越しのレイアウトでのピン送りカットや、それに伴う鏡面効果、あるいは光の明暗によるコントラストを用いた空間表現などは、絶大な効果を発揮しています。
至ってナチュラルな三次元空間の表現がコンセプトのようなので、オブジェクトが目の前に迫ってくるようなハラハラ感を期待しすぎると、少々食い足りない感じを覚えるかも知れません。

と、ゴタゴタと書いてきましたが、この映画を見終わった後、いつもよりお年寄りに対して敬意を感じたりもして、それだけで充分にこの映画は成功しているんだとも思いました。

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コメント

 客入りが厳しいっていうのは、シルバーウィークと外れていた事もあるし、何より蒸気機関車というものが今の子供たちに求心力を持っていない、という面も大きいんでしょうね。
 アニメ版当時は「さらばSL!」ってな感じで、日本中で盛り上がっていた訳だし。
 そういえば、劇場でもらえた紙製のまんがまつりサンバイザー(やえもんやイナズマン、マジンガーZが描いてあるもの)、まだ手元に。
 そのうちヤフオクに・・・(ヲイ)

投稿: 宅川剛 | 2009年10月13日 (火) 09時00分

宅川さん・・・
公開時期としては、夏のライダー、今月末のプリキュア、年末のワンピと冬のライダーと東映系としては、このタイミングしかなかったという感じもありますけど、シルバーウイークに公開できればもっと良かっただろうというはありますね。

作品的な訴求力としては、個人的に感じるのはSL云々とかではなくて、単純に2009年現在のチビッコたちが好きな「テレビのにんきもの」がまったくいないコトだという気はしますけど。

ぶっちゃけ、昔のまんがまつりって、マジンガーとかライダーとかの劇場特別編が見たかったワケで、一緒にやってた名作系の作品を「ついでに」見ると「あ、なかなか面白いゾ!」って、感じだったと思うんですよ。

デジモンに、それはちょっと荷が勝ちすぎたかなと・・・(苦笑)

投稿: ぽろり春草 | 2009年10月14日 (水) 08時11分

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